“わかったつもり”が信頼を遠ざける——コーチングで一番大切な「無知」という姿勢

コーチングやコンサルティングを続けていると、知識も経験も、確実に増えていきます。ところが、その専門性が高まるほど、静かに忍び寄る落とし穴があります。それは、相手のことを「わかったつもり」で接してしまうこと。信頼を生むはずの傾聴が、いつのまにか「自分の答えを渡す作業」に変わってしまう——この記事は、その一点についてのお話です。

先日、ちょっと昔の映画ですが「オーシャンズ8」を観て、そのままアン・ハサウェイ主演の「ザ・ハッスル」という女詐欺師の映画まで、はしごしてしまいました。誇り高き女たちが、突き飛ばすように生きている。会社員なら怒られそうな振る舞いを、誰にも咎められずにやってのける。あの爽快さといったら、ありません。

そして観ながら、あらためて思ったんです。ハウツー本や自己啓発セミナーより、よっぽど効くのは、映画かもしれない、と。

この記事の要点

  • 学ぶほど、コーチは「わかったつもり」になりやすい。専門性は、時に相手を見る目を曇らせる。
  • 答えは、いつも相手が持っている。あなたの「私ならこうする」は、相手の最適解とは限らない。
  • 信頼は、「自分は無知だ」という姿勢——相手の世界からものを見る傾聴——から生まれる。

自己啓発より、映画が教えてくれること

オーシャンズ8

自己啓発系のコンテンツは、大げさに言えば「前向きに!」の一言に集約されがちです。究極、そこだよね、と。もちろん、それも大事。でも、そればかりだと、かえって視野を狭める“スコトーマ(心理的盲点)”を生むこともあります。

その点、映画は、ずっと懐が深い。

こじらせて、鼻水を流しながら大泣きする人。見栄を張って、盛大にコケる人。美しくてチャーミングなのに、プライベートはズタボロな人。プライドが高くて、正直めんどくさい女たち。

でも、そのどれもが、愛情深いまなざしで描かれています。「ああ、そういうところ、ちょっぴり、みんなにあるよね」と思わせてくれる。人間の魅力のヒダというか、層というか——そういうものを、感じさせてくれるんです。

描き方のベースに、愛がある。だから、観る人の心が動く。

学ぶほど、私たちは「わかったつもり」になる

その愛のまなざしを、自分のクライアントに向けられているか。ここで、ハッとしました。

コーチやコンサルタントとして、知識を習得し、専門性を高めていく。それ自体は素晴らしいことです。けれど、その過程で、無自覚にこう接してしまうことは、ないでしょうか。

「はいはい、そのパターンね」 「これは、あのケースと同じだ」

相手の話を、最後まで聴く前に、自分の引き出しの中の“正解”に当てはめてしまう。経験を積むほど、パターン認識は速くなります。その速さが、時に、目の前の一人を「見ない」ことにつながってしまう。

本当は、お客さんが、すべてを持っているのに。その人がどんな風に感じているか。どんな人で、どんな経験をしてきたのか。その答えは、こちらの引き出しではなく、相手の中にしか、ありません。

「自分の最適解」は、相手の最適解ではない

私たちは、つい「自分ならこうする、ああする」と考えます。でも、それは“自分だから”そうするのであって、相手にとっての最適解とは、限らないんです。

幸せの感じ方も、人それぞれ。自分の幸せの物差しを、そのままクライアントに重ねるのも、違います。

その人にとっての幸せは、何なのか。 それは、自分とは違う在り方であり、違う世界なんだ——。

その前提を持って接することが、どれほど大切か。専門性が上がったときほど、忘れてはいけない一点だと思うのです。

たとえば、こんな“妄想劇場”を考えてみてください。もし「オーシャンズ8」の窃盗団のボス、サンドラ・ブロックがあなたのところへやってきて、「私を手ひどく裏切った元カレに、極上の復讐がしたい」と相談してきたら——あなたは、どう応じますか。

正解は、ありません。だからこそ、そこにあなたの“姿勢”が、まるごと表れます。自分の価値観で裁くのか。それとも、彼女の世界に立って、彼女が本当に求めているものを、いっしょに見つけにいくのか。

「無知である」という姿勢——傾聴の、本当の意味

ここで大切になるのが、「自分は無知である」という姿勢です。

これは、知識を捨てろ、という話ではありません。学んだことは、ちゃんと携えたまま。それでも、目の前のこの人については「私はまだ、何も知らない」というところから始める、ということ。

傾聴とは、ただ黙って聞くことでも、うなずくことでもありません。自分の“正解”をいったん脇に置き、相手の世界からものを見ようとすること。 それができたとき、初めて、相手は「この人には、本当のことを話せる」と感じます。コーチングにおける信頼は、テクニックではなく、この姿勢から静かに生まれてくるのです。

「わかったつもり」は、相手を、こちらの理解の枠に押し込めます。 「私は無知だ」は、相手を、その人のままで、まるごと受け取ります。

同じ一時間の対話でも、届く深さは、まるで違います。

「相手の世界で見る」を、感性まかせにしない

とはいえ——「相手の世界に立ちましょう」と言われて、すぐにできるなら、誰も苦労はしません。

私が ディーバ・ディレクション(Diva Direction) でやっているのは、その一歩先です。クリエイティブ・ディレクター歴20年と、脚本で鍛えた技術を使って、目の前の人の個性・感性・過去の物語を、丁寧に因数分解していく。

脚本家は、登場人物を「わかったつもり」では書けません。その人が、なぜそう動くのか。何に怒り、何を美しいと感じるのか。徹底して“その人の世界”に潜り込むからこそ、観客の心を動かすキャラクターが立ち上がります。

コーチングも、同じだと思うのです。相手の世界からものを見る——その姿勢を、感性やセンスまかせにせず、再現性のあるプロセスに変えていく。それが、あなたにしか届けられない価値を、確かなカタチにしていきます。

まとめ

  • 学ぶほど、コーチは「わかったつもり」になりやすい。専門性が、目の前の一人を見えなくする。
  • 自己啓発の「前向きに!」より、映画の“愛あるまなざし”が、人間の深さを教えてくれる。
  • 答えは、いつも相手の中にある。「自分の最適解」を、相手に重ねない。
  • 信頼は、「自分は無知だ」という姿勢=相手の世界から見る傾聴から生まれる。
  • その姿勢は、感性まかせにせず、設計できる。

“わたし”を出すほど、選ばれる。 そして、相手の“わたし”を、まるごと受け取れる人が、いちばん深く信頼される。

よくある質問

専門知識を増やすことは、コーチングにとって逆効果なのですか?

いいえ。知識そのものは大切です。問題は、専門性が上がるほど「わかったつもり」でパターンに当てはめ、目の前の一人を見なくなること。知識は携えたまま、その人については「まだ何も知らない」という姿勢を持つことが鍵です。

「傾聴」と、ただ話を聞くことは、何が違うのですか?

傾聴とは、自分の“正解”をいったん脇に置き、相手の世界からものを見ようとすることです。黙って聞く・うなずくといった技術ではなく、姿勢そのものを指します。この姿勢があると、相手は「本当のことを話せる」と感じ、信頼が生まれます。

「自分ならこうする」というアドバイスは、してはいけないのですか?

禁止ではありませんが、「自分の最適解」は「相手の最適解」とは限らない、という前提が必要です。幸せの感じ方は人それぞれ。自分の価値観を相手に重ねる前に、その人にとっての幸せは何かを、いっしょに見つける姿勢が信頼を深めます。

「相手の世界で見る」は、感性やセンスがないとできませんか?

いいえ。感性まかせにせず、脚本の技術で相手の個性・感性・物語を因数分解し、再現性のあるプロセスに変えられます(ディーバ・ディレクション)。姿勢は、才能ではなく、設計で身につけられます。

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