見渡してみてください。あなたの周りは、”持っているのに使いこなせていないもの”で溢れていませんか。
40代、50代ともなると、ハイブランドのひとつやふたつ、持っているかもしれません。才能も、経験も、時間も、センスも、もう十分にある。それなのに、なぜか現実が思うように動かない。理由はいたってシンプルで、「持っていること」と「使い倒していること」は、まったく別の話だからです。
これは、いわゆる「宝の持ち腐れ」の話。そして、そこから抜け出すための「現実創造」の話です。
この記事の要点
- あなたに足りないものはない。問題は”手に入れること”ではなく、“使い倒すこと”。
- 現実創造は「所有」や「観照」では起きない。アクションでしか動き出さない。
- 人は「今」にしか生きられない。“今”をゴキゲンに使い倒すその一歩が、未来の道を分岐させる。
目次
「持っている」と「使い倒している」は、まったく別物
たとえば、エルメスのバッグ。買っても使わず、「高かったから」「子どもに残せるから」「売るとき高値にしたいから」としまい込む。そのうち筋力が落ちて「重いから、ナイロンで十分」となり、家で仕事をするようになれば、今度は使わなすぎてカビが生えないかと悶える。
——でも、これはバッグだけの話ではありません。あなたの才能も、経験も、”今”という時間も、まったく同じように箪笥の肥やしになり得る。持っていることに安心して、使うのを”いつか”に先送りしているものが、見渡せばいくつもあるはずです。
エルメスは、ただのバッグ。モノそのものに力はありません。使ってこそ、喜びも所作も振る舞いも変わる。眺めているだけでは、「買った」という過去で止まったまま。宝は、使い倒して初めて、あなたの現実を動かしはじめます。
現実創造とは、アクションが未来を連れてくること
現実創造というと、スピリチュアルな話に聞こえるかもしれません。違います。これは、在り方が行動を生み、行動が結果を変えていく、きわめて現実的な成功哲学です。
アクションを起こすと、目の前の道が分岐したり、合流したりする。そうやって、思ってもみなかった未来が連れてこられる。反対に、どれだけ立派な宝を持っていても、眺めているだけでは道は一本のまま。何も動きません。「使い倒す」とは、その一番わかりやすいアクションのことなのです。
「もったいない」は、宝を持ち腐れさせる呪い
多くの人が持っている宝を活かせないのは、能力の問題ではありません。過去に縛られて、頭の中で損得ばかり数えているからです。
「もったいない」「失敗したらどうしよう」「あのとき、ああだったから」。それは思考であって、アクションではない。身体が動いていない以上、目の前の道は一本のまま。メリットとデメリットの計算は、いつも私たちを”今”から連れ去ってしまいます。とりわけ「もったいない」という言葉は、宝を箪笥の肥やしにする、一番やっかいな呪いです。
人は「今」にしか生きられない
私自身の人生が、まさにそうでした。メリットやデメリットではなく、ただ興味と関心のままに、デザインや脚本を独学で学び、映画を膨大に観てきました。損得で選んだわけではありません。それが、めぐりめぐって、今の仕事につながっている。目には見えないけれど、あの一つひとつのアクションで、道はグワンと変わっていたのだと思います。
知人が持つエルメスの「ケリー」は、傷だらけでした。「犬が戯れて引っ掻くのよー」と笑うその人は、実に豪快で、かっこよかった。不思議なもので、使い倒して傷だらけになったそのバッグは、いつしか彼女の一部になったような美しさをまとっていました。傷は、使い倒した時間の証。宝を持ち腐れさせない人は、きっと、こういう顔をしています。
私たちは、過去にも未来にも生きられません。「今」にしか生きられない。だからこそ、その”今”をどれだけゴキゲンに使い倒すかが、そのまま未来を決めていくのです。
まとめ
「もったいない」「傷つけたくない」「失敗したくない」。そう言って宝をしまい込めば、たしかに傷はつきません。失敗も、しないかもしれない。けれど、そうしている間にも、目には見えない「人生の時間」は、刻一刻と、無情に過ぎていきます。
人は、過去にも未来にも生きられません。今日という一日を極上に過ごすために、”今”を楽しむことへ意識を向ける。すると、未来もそれに連動して、変わっていきます。
あなたはもう、十分に持っている。あとは、使い倒すだけです。
よくある質問
現実創造とは、スピリチュアルなことですか?
いいえ。在り方が行動を生み、行動が結果を変えていく、という成功哲学です。アクションによって目の前の選択肢や道筋が実際に変わっていく、現実的な話です。
まだ実力や準備が足りない気がして、動けません。
足りないものを探すより、すでに持っている宝を使い倒すほうが、ずっと早く現実は動きます。準備が整うのを待つのは”観照”であって、アクションではありません。
高価なものや大事なものを、つい「もったいない」としまってしまいます。
「大切にする」と「使わない」は別物です。眺めているだけでは現実は動きません。”今”を極上にする使い方こそが、所作を変え、未来を連れてきます。
過去の失敗が邪魔をして、動けません。
過去を考えている時間は、思考であってアクションではありません。人は「今」にしか生きられない——そう一度立ち返ってみてください。動けるのは、いつだって”今”だけです。


